朝の法話  第五回

六月も半ばにさしかかり、段々と雨の降る日が増え、気温や湿度も徐々に上がる時期になりました。学校でも体調を崩している人がいるようですが、日ごろから自己管理をしたいものですね。

さて、今朝は仏教を顕かにした釈尊の“降魔”という出来事を紹介します。釈尊は自分自身の苦悩の解放を求めて修行しましたが成果は得られませんでした。修行を終え、心身ともに疲れ果てた釈尊に、今度は悪魔がやってきました。

悪魔は美女となったり、金銀財宝をもって誘惑するお金持ちの姿になったり、手に武器をもって襲ってくる悪魔の大群となったりするなど姿・形を変えて釈尊の邪魔をしました。しかし、釈尊は「悪魔の正体は、私に真理から目を向けさせないものだ」と気付きました。そして、悪魔との戦いに打ち勝って覚りをひらいたといいます。

この降魔という出来事は、自分を邪魔する正体が、自分の外側に存在するのではなく、自分自身の心の中に潜んでいることを教えてくれています。

私たちの生活においても、欲望や誘惑、嫌がらせに脅しなど、私を邪魔するものがあります。たとえば「この人とは友達でいたくない」とか、「○○先生はすぐ怒るから嫌い」など、そんな苦しい思いをしたことは誰にでもあるはずです。そんな時、問題の原因をついつい、相手に求めてしまうことがあります。しかし、問題の原因は本当に相手のみなのでしょうか。

喧嘩したとき、腹が立って、その時は気付けませんでしたが、後になってよく考えてみると、自分自身にも悪いところがあったという経験をしたことがあるでしょう。ほんの少しでも、自分にも悪いところがあったと思うことがあれば、喧嘩といえども、相手は私に「自分が気づけなかった本当のこと」を教えてくれたことになります。

つまり、私の問題の本質とその解決を自分自身に求めていくことで、大切なことを見落さずにすむこともあるのです。

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