朝の法話  第六回

いよいよ西高祭が近づいてきました。梅雨の時期ですので当日のお天気が気になるところですが、本番に向けて良いものを作り上げたいものですね。

さて、今週月曜日に大阪府北部を震源とする震度六弱の大きな地震が発生しました。建物が壊れたり水道管が破裂し断水したり、また交通網がストップし帰宅困難者が発生したりするなど、被害は大きかったようです。いのちを落とされた方もおられました。

まさか今日地震が発生するなど、誰も考えていなかったのではないでしょうか。「一寸先は闇」と言いますが、どのような時代であっても変わらない人間の生きる姿を言い当てているのだと思います。

親鸞聖人がお生まれになった時代も、まさに明日どうなるか分からない激動の時代でした。平安時代から鎌倉時代へと移り変わろうとする転換期で、大地震や台風などの自然災害が立て続けに起こった時代でもありました。そのような時代に生きた親鸞聖人は九歳で出家されますが、出家の際に詠んだとされる歌があります。

「明日ありとおもうこころのあだ桜 夜半に嵐の吹かぬものかは」

美しく咲き誇る桜の花も、一夜激しい雨風が吹けば散ってしまうかもしれません。私たちのいのちも、そのような桜の花と本来は同じはずです。「明日もあるだろう」と何気なく思っていますが、本当は、明日どうなっているか、もっといえば一分一秒先自分がどうなっているか、本当に分かる人は誰一人いないのです。

親鸞聖人の歌から、そのようないのちを生きている自分がいること、そしてそんな自分が本当にすべきことは何なのか、考えるきっかけをいただきます。今回の地震も痛ましい出来事ではありますが、私たちに改めて自分のいのちの姿に目を向けさせてくれる大事な教えと受けとめることもできると思います。