朝の法話  第一回

 私たちの伊那西高校では公立の学校にはない「宗教」の授業があります。それは、本校が仏教、特に親鸞聖人によって顕かにされた「念仏の教え」をよりどころにして設立された学校だからです。

 ところで「宗教」は、仏教以外にもキリスト教や、イスラム教など世界中に存在していますが、皆さんは実際のところ、宗教に対してどのようなイメージをもたれるでしょうか。信じていれば願いが叶ったり、信じていたらヒドイ目にあったなどというイメージでしょうか。もしかすると、私は無宗教だ、という人もいるかもしれませんね。 

「宗教」の「宗」はむねとよみます。むねとは、中心、なくてはならないもの、真実といった意味があります。つまり、宗教とは「ほんとうの教え」という意味です。

親鸞聖人が語ったことを記録した『歎異抄』という書物には、

 よろずのこと、みなもって、そらごとたわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておわします。

 という言葉があります。「世間には、そらごと、たわごと、という嘘や偽り、中身がないものが沢山ある。しかしただ一つ、念仏の教えのみがほんとうである」と親鸞聖人は語られました。

私達は普段の生活で、沢山の人や言葉、出来事に出遇います。しかし、その中には、時間が経って忘れていくものもあります。それはきっと、その出遇いが自分の人生で深く関わっていないからでしょう。一方で励みになったり、奮い立たせてくれたり、自分を支えてくれるかけがえのない「ほんとうの教え」に出遇うこともあります。親鸞聖人にとっては、それが念仏の教えだったのです。

私達にも学校生活を通して、先生や友人、授業で耳にする言葉の中に、自分の道を明らかにしてくれる、「ほんとうの教え」があるかもしれません。それが私にとっての「宗教」ということでしょう。

これからの学校生活で、ぜひ「ほんとうの教え」に出遇えるといいですね。

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