朝の法話   第八回

まだまだ暑い日が続きますが、朝晩は大分涼しくなってきました。季節の変わり目ですので、体調管理には気をつけたいものです。

さて、生徒玄関にある「伝導掲示板」には、現在、次のような言葉が書かれています。

「人間は『忘れてしまうことを忘れる存在』であること」

先日、防災訓練が行われました。二〇一一年の東日本大震災など、私たちはこれまで大きな自然災害を通して、その恐ろしさを学んできたはずです。しかし、普段そのことを意識することはあまりありません。また、何か失敗をして「もう二度と繰り返さない」と心に誓っても、また繰り返してしまうことがあります。このように、まず人間というのは大事なことを忘れてしまう存在なのです。

そしてさらに、何より恐ろしいのは、掲示板の言葉のように、私たちは、忘れてしまうということさえ忘れる存在だということです。

大事なことを忘れているにもかかわらず、すべてを分かったような顔をして、正しくまっすぐ生きているような勘違いをしている、というのが人間のもっとも恐ろしい姿なのです。

古代ギリシャの哲学者であるソクラテスは「無知の知」という言葉を残しています。知らないということを自覚すること、それが本当に智恵ある人間の姿だということを教えています。

忘れてしまうことを忘れる、そういう存在である私たちにとって大事なのは、正しい習慣を持つということではないでしょうか。日常の生活の中で決まった行いを持つ、これが自分の姿に気づくきっかけとなるのです。スポーツでも、自分の体を確かめるための基礎練習は大切です。浄土真宗でいえば、合掌し「南無阿弥陀仏」と念仏を称えることがそれにあたります。自分の足下を見つめる習慣を持つことが大切です。

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