朝の法話   第十八回

一年の終わりが近づいてきました。寒さも厳しさを増し、温かな春や夏の季節を懐かしく思います。

あんなに美しく紅葉していた木も、その姿を大きく変えてしまいました。枯れ葉となって落ち葉となり、外掃除の当番に掃かれて集められています。しかし、その落ち葉自体も、もう少なくなってきました。

『葉っぱのフレディ』という絵本があります。フレディという名前の一枚の葉っぱが主人公です。春に生まれたフレディが、夏には大きく成長し、そして秋には紅葉し、最後は冬が来て枯れて散ってしまう、そういう葉っぱの一生を描いた作品です。

冬が来て、フレディは葉っぱとして散っていくこと、つまり死んでいくことに恐怖します。そのフレディに、友人のダニエルは次のように語ります。

「まだ経験したことがないことは、こわいと思うものだ。でも考えてごらん。世界は変化をしつづけているんだ。変化しないものはひとつもないんだよ。春が来て夏になり秋になる。葉っぱは緑から紅葉して散る。変化するって自然なことなんだ。きみは、春が夏になるときこわかったかい?緑から紅葉するとき、こわくなかったろう?ぼくたちも変化しつづけているんだ。死ぬということも変わることの一つなんだよ。」

このお話のように、あらゆるものは変化していくのです。仏教では「諸行無常」といいます。鴨長明が書いた『方丈記』には「ゆく川の流れは絶えずして、しかももとの水にあらず」とあります。川という存在は変わりませんが、そこに流れる水は常に変化し、一度でも同じだったことはありません。そして、それは私たち人間も同じです。自分という存在も、周りの人も、いままで一瞬たりとも同じであったことはありません。大きな自然のはたらきの中で、現在進行形の「いのち」を生きているのです。