朝の法話   第二十回

今年は暖冬と言われ、寒さの和らいだ比較的過ごしやすい日々が続いています。しかし、暖冬のため雪不足で営業のままならないスキー場も多いと聞いています。同じ出来事にも立場によって様々な見方があることを感じます。

さて、生徒玄関にある伝導掲示板の言葉が新しくなりました。今月は一休宗純(いっきゅうそうじゅん)の言葉です。「一休さん」でお馴染みの、テレビアニメにもなった有名な室町時代のお坊さんです。アニメではかわいらしいキャラクターとして描かれていますが、今に残っている一休さんの言葉からは、人間の現実を厳しく見つめる目を持った人物であることが分かります。

たとえば、次のような一休さんが詠んだとされる詩があります。

「門松は冥土の旅の一里塚 めでたくもありめでたくもなし」

門松は、玄関に置くお正月飾りです。門松がずらりと並び、世間は新年を迎えたおめでたい雰囲気に包まれています。しかし一休さんは、そのようなお正月の光景を「冥土の旅の一里塚」と表現します。

「冥土」とは、死後の世界のことです。新年を迎えたということは、それだけ自分が年を取り「死」に近づいたということです。おめでたい雰囲気のお正月ですが、このような側面から考えると、「めでたくもありめでたくもなし」と、また新しい視点が見出されます。

私たちは、つい物事を「分かる」か「分からない」か、「正しい」か「間違っている」かなど、二つに分けて捉えようとしてしまいます。しかし「めでたくもありめでたくもなし」というように、良いか悪いかだけでは語ることの出来ないことがたくさんあります。よく自己紹介でも「長所」と「短所」を言うことがありますが、どちらにも分けられないものもたくさんあるはずです。

世の中は「分かる」ものばかりではなく、実は「分からない」ものばかりです。それなのに、私たちは何でもかんでも「分けて」答えを手に入れたがります。しかし、かえってそのことが、物事の本質を見失うことになってしまうのです。「分からない」ものを「分からない」ままに受けとめることが人間の大事な力ではないでしょうか。